東アジアの生命観と倫理ゼミ(垣内 景子)
このゼミは、東洋の伝統的な思想を読み解くことを通して、現代の東アジアに生きる自分たちのものの見方や考え方、倫理観や価値観を支えているものを見つめ直し、これからの時代に向けて新たな世界観を模索すること、すなわち「哲学」することを目標としています。ここにいう「哲学」とは、過去の様々な思想や世界観を知ることを通して、自分自身が当たり前だと思っているものを見つめ直し、未来に向けてより良くより快適に生きていくための新たな考え方を創り出していくことです。
ところで、「東洋に哲学はない」と言われることがあります。しかし、東洋に生きる人々にも様々な思想的営みがあり、それぞれの時代や地域ごとに新たな世界観を創り出してきたことは言うまでもありません。「哲学」が西洋だけのものであるとするならば、それはむしろ「哲学」の限界を示すものであり、「哲学」を越えるより普遍的な何かを私たちは東洋から創り出していくしかないのです。とはいえ、西洋の「哲学」を東洋の私たちがどのように受け止めてきたのかということも改めて考えてみなければならないことで、その際最も注目すべきなのは様々な横文字の概念を翻訳するために使われた漢語です。
たとえば、「哲学」という言葉は、西洋由来のphilosophyを受け止めるために、明治時代の私たちの先人が新たに創り出した和製漢語です。philosophyは当初「理学」あるいは「窮理学」と訳されていたのですが、「理学」とは東洋思想の文脈では朱子学のことでした。また、私たちの先人は西洋由来の様々な学問名称を翻訳するために朱子学のタームであった「理」の字を用いました。「物理学」「心理学」「倫理学」「地理学」……、今日なお使われているこれら「○理学」という学問名称の「理」とはそもそも何を意味するものなのか、私たちが漠然とイメージするものと朱子学の「理」は同じものなのか、そうした反省をしてみることは、私たちが暗黙の前提としている学問観を洗い直すことにもつながります。さらに言えば、朱子学も「理」も、日本人にとっては中国由来の外来のものであり、それを私たちは日本という土壌でどのように受け止めてきたのかということも考え合わせねばなりません。
本ゼミでは、皆さんそれぞれの素朴な関心を出発点にし、それをゼミ内での対話を通して拡大・深化させ、ゼミ論作成に向けて適切なテーマ設定を行います。これまでのゼミ論文のテーマには以下のようなものがあります。「人と音楽――儒教における『楽』を出発点として」「生者に於ける死者との精神的紐帯及び他界隣接意識」「日本人に関するイメージの正体を解き明かす――丸山真男『日本の思想』を題材として」「武士道の現在――武士道とどう向き合うのか」「西田幾多郎の〈実在の論理〉」「朱子学における性善説の考察」「『〈家〉の尊重と現代社会」「中学校における道徳教育の有効的な指導方法の検討」など。
「哲学」に興味がある人、東洋の伝統的思想に関心がある人、日本人の思想について掘り下げて考えてみたい人、漢文訓読の力をつけたい人、自分たちをとりまく様々な問題について語り合いたい人、そんな人の参加を期待しています。


